自身がフラを学びながら「照沼節子フラダンス教室」としてコミュニティーセンター等でフラ教室を開いていたが、1996年、指導を受けていたハワイの人間国宝ジョージ・ナオペ師から「ピカケ」のハワイアンネームを授かり「フラ ハラウ ピカケ テルヌマ」を立ち上げる。
2004年、娘の武良範子とともにオアフ島へ渡り、クムフラ オラナ・アイ師に師事。ハワイの伝統文化を尊重し、日本人がアレンジするフラではなく、クムフラの訓えを忠実に継承するフラをめざし活動。
また、地方都市においてハワイアンフラを発展させるため、ひたちなかフラ協会(会長 照沼節子)の設立に尽力し、ロバートカジメロ、エイミー・ハナイアリイ、マカハサンズなど高名なハワイアンミュージシャンやフラダンサーを招いて数々のショーを企画し、フラの底辺拡大に努めている。茨城県をはじめ、山陰地区、沖縄県那覇市・糸満市で指導にあたっている。
母ピカケからフラの手ほどきを受け、ハワイアンフラの道に入る。2000年、鳥取県境港市・米子市を中心にフラの指導を始める。クムフラ オラナ・アイ師に学び、2005年ハワイアンネーム「プアアヒヒレフア」を授かる。オアフ島において、フラ ホオラウナ アロハ2006 ソロ・ワヒネ部門で優勝。2009年、島根県松江市に「フラ ハラウ ピカケ テルヌマ 武良範子スタジオ」を開校。米子市にてクムフラ オラナ・アイ師、ハワード・アイ師、オラナファミリーを招き発表会を開催するなど山陰地区においてハワイアンフラの発展と振興に努めている。この他、小学校、授産施設、養護学校でのボランティア活動や地域イベントに生徒とともに数多く出演しフラを通じて地域貢献をおこなっている。山陰地区のほか茨城県ひたちなか市、つくば市で指導している。現役のダンサーとして数々の競技会に出場し、ハラウの中心として入賞に貢献する一方で、指導者としても、フラ ホオラウナ アロハ ソロ・ワヒネ部門において、2008年と2009年に生徒を優勝に導いた実績を持つ。